2017年06月06日

2日(いとし。)

 まさかの思わぬことを、また、やってます。自主的に台本を書き始めています。誰
からも頼まれていないのに。ちょっと忙しすぎて時間も作れないのに。なんか、書き
たくてしょうがないのです。なんでか。時間さえあれば一気に書き上げられるのに
な。一応、仮タイトルはですね「いとし」。
posted by yu-gekitai at 08:19| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | キタモトのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月01日

1日(マルベリー。)

winmail.dat
 思わぬところでマルベリーを見つけて、15粒ほど摘んで、紙に包んで持って帰り
ました。食べるのは中学1年生の時以来です。うん、あんまり美味しくないな。赤い
のは酸っぱくて、黒くなったのは見た目の期待ほど甘みもない。コウちゃんは美味し
い美味しいとほとんど食べてくれました。ほかの人たちは見向きもしてくれませんで
した。桑の実です。今頃(初夏)が旬なのですね。
posted by yu-gekitai at 22:44| 京都 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | キタモトのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

31日(・・・。)

 平日の昼下がり、ナンバとかをウロウロしているとオモチロイですね。土曜日曜よ
りグッと人が少ないし(でも心斎橋筋は曜日のカンケイのない混みようみたいです
ね)。サイモン&ガーファンクルやボブ・ディランやボニー・レイットなどの安LPを
買いました。真昼間から大瓶ビールを2本飲んでしまいました。
posted by yu-gekitai at 09:00| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | キタモトのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

30日(すっきり。)

 暑くなりましたね。自分の髪の毛が肌に触れるのがキモチ悪くて、すっきり、丸刈
りにしてもらいました。やっぱり坊主頭がよいです。
posted by yu-gekitai at 08:51| 京都 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | キタモトのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月30日

29日(遊劇体の芝居とツダ・シリーズ『ふたりの蜜月』について、その6)

『ふたりの蜜月』は、アトリエ劇研のアソシエイト・アーティストとして、アトリエ
劇研の空間ありきで創り上げた芝居です。初演は2015年6月。山村の旧家に生まれた
双子の姉妹を主人公として、そこにあるニンゲンの小さな関係性が瓦解してゆく、そ
うして姉妹そのものが、大げさな物言いですが、伝説を残してムラ社会から消えてゆ
くドラマです。姉妹が山そのものになるという芝居です。アトリエ劇研が本年8月を
もって閉館されるにあたって、是非とも再演をしなければならないと考えました。消
えゆく劇場でニンゲンが消えてゆくドラマ。伝説を残して。アトリエ劇研の心地よい
黒い空間と、二間半四方の正方形の舞台と、いくつかの箱馬が裸のままあるだけで
す。俳優という職責を担った者が役者となって舞台に立つ。それだけで充分すぎるほ
ど〈演劇〉なのです。(了)
posted by yu-gekitai at 08:26| 京都 | Comment(0) | TrackBack(0) | キタモトのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月29日

28日(遊劇体の芝居とツダ・シリーズ『ふたりの蜜月』について、その5)

私がツダ・シリーズで描こうとしているのは何だろうか、いまだにうまく説明できる
コトバが無いような気がします。舞台はいつも大阪府南部のツダという架空の田舎町
です。私が生まれ現在も暮らしている町のようでもあります。大阪市という大都会に
交通手段を使えば至近距離にもかかわらず、土着の民衆の生活が残っているように思
われます。祭事や神事、寺や墓などが生活に密着しています。横山(という言い方を
する。単にそこにある山々という意味)を振り返れば修験道の霊山です。ですが近年
は都市近郊の住宅地として開発され人口が増えています。しかしながら古いムラ(ブ
ラクともいう)では老人だけの住まいや空き家が多いです。なんでこんなことになっ
てしまうのか、その変遷を自分たちのドラマとして書きとめておきたい。私の住む国
の、町の、ニンゲンを描く。ニンゲンの暮らすシャカイを描く。時代を描く。生活の
営みのなかで失ってしまったもの、消えてしまいそうなものが愛おしい。私は20歳か
ら50歳までの30年間を京都市内で暮らしましたが、今、田舎で暮らしながら、京都で
の30年の暮らしとの生活感覚の違いに驚嘆の日々です。今では、寺の行事や、神事
や、墓地のことや、地域の行事に大きく関わりながら生活をしています。
posted by yu-gekitai at 06:53| 京都 | Comment(0) | TrackBack(0) | キタモトのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月28日

27日(「ふたりの蜜月」稽古5回目。)

 明日だと思っていた用事が、実は今日だった、という幕開けの一日。京都から地元
まで間に合いません。最近、こういう、日付に関した勘違いが多いなあ。明日、町長
に直訴(何を?)するつもりで用意した書類は、また、なんとか別の手段で手渡そ
う。

 もうひとつ、どうやら来年9月にも芝居をやることになった。遊劇体の番外公演と
なる。来年は3月アレ、6月ソレ、7月か8月アレ、加えて9月にコレ、11月遊劇
体新作、ゆうゆう大学も順調なら11月にあるかもしれない。ウレシイな、イソガシ
イな、タイヘンだな (≧∇≦)。



 稽古はシーン3の立ち稽古と、シーン6の台詞合わせと立ち稽古。淋しいことが
あったので飲みに行かず。ビールとアテを買い込んで事務所でひとり飲み。アテを買
い過ぎて腹いっぱい。冷蔵庫が壊れているので保存できない。食いすぎた。
posted by yu-gekitai at 14:02| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | キタモトのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

26日(遊劇体の芝居とツダ・シリーズ『ひたりの蜜月』について、その4)

その翌年、大阪市立芸術創造館主催の「クラシック・ルネッサンス」という、日本の
近代戯曲に演出家が挑む企画で(企画者・小堀純氏)、泉鏡花氏の戯曲と出会いまし
た。上演困難を極める鏡花戯曲と格闘することで私は演出者として鍛えられ、俳優た
ちはさらなる飛躍をとげることができたように思います。全戯曲上演を目指し、現在
残すところ4作品のみにこぎつけました。ちなみになぜ鏡花戯曲だったのかと問われ
れば、今はこういう解答がふさわしいだろうと考えます。『闇光る』以前の遊劇体の
芝居を純化させた世界がそこにあるから、と。また、私たちは鏡花氏の思想にも共鳴
します。権力者への嫌悪、弱者への暖かいまなざし、そして美の追求、破天荒な幻想
世界。鏡花氏の戯曲を上演することで、遊劇体の出自を維持し続けているといえるの
ではないかと思います。

ここまで記してきて改めて感じることは、さまざまな出会いがあり、与えていただい
たものが多かった、大きかったという思いです。感謝しかありません。(つづく)
posted by yu-gekitai at 13:42| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | キタモトのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

25日(伝灯奉告法要に参拝した。)

 西本願寺にて。親鸞から数えてに25代目にあたる専如門主に、浄土真宗のみ教え
が伝えられたことを信徒らに報告、披露する催しです。何十年に一度という珍しい機
会です。私は寺の役員ですから参加しなくてはなりません。幻想的で洗練された素晴
らしいショーでした。
posted by yu-gekitai at 13:39| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | キタモトのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月24日

24日(遊劇体の芝居とツダ・シリーズ『ふたりの蜜月』について、その3)

winmail.dat
新世紀を迎えた2001年が遊劇体にとって最もエポックメーキングな年になりました。
この年の秋に遊劇体と桃園会の合同公演(プロデューサー・遠藤寿美子)が企画され
ました(タイタス・プロジェクト2001『のにさくはな』作・深津篤史、演出・キタモ
トマサヤ、京大西部講堂前特設野外大劇場)。その合同公演は遊劇体・桃園会の俳優
以外にオーディション参加者をも含めて約50人の俳優による公演として予定されまし
た。その時私たち遊劇体は、私を含めてたった5人だけの集団でした。来るべき合同
公演に向けて、演技について、演出について、徹底的にトレーニングをしなければ不
安でした。私たちの考える〈良い演技〉とはどのようなものか、何らかの自信をつか
んで合同公演に臨まなければ、という焦りと不安、かどうかわかりませんが、中途半
端なままでは恥ずかしいし失礼だ、という気持ちがありました。そこで合同公演に先
立って、演技や演出のことを研究するための公演を企画しました。作と演出は私、そ
して劇団員のみによる上演、『闇光る』。稽古の進み具合などは気にせず、徹底的に
演技についてディスカッションを尽くしました。その時の劇団員は私、大熊ねこ、菊
谷高広、村尾オサム、坂本正巳の5名、全員が今も劇団員です。そのツダという架空
の町を舞台とした『闇光る』こそが、それまでの上演台本を一新させました。無造作
にリアリズムからの極北を目指した、良く言えば詩的、叙述的語り部的な台詞では、
俳優の演技の向上には自ずと限界があるという判断でした。ニンゲンを描かなければ
ならない。俳優は台詞の向こう側にある心情本心を表現しなければならない。ニンゲ
ンとはうらはらな行動をとるし、謎に満ちた存在だ。ニンゲンを演じる。それを極力
シンプルに表現しよう。舞台上に俳優が存在するだけで世界が立ち上がるはずだ。そ
のためには戯曲が優れていなければならない(まだまだ力不足ですが)。俳優は無駄
な動きを排して、立っているだけで存在を際立たせよう。舞台上には説明的な装置は
いらない。小道具もいらない。俳優の演技で世界を構築する。観客には想像力があ
る。それは信じていいんだ。そんなことをコトバにしながらツダ・シリーズの第1作
が生まれ、私たち現在の遊劇体が誕生したといえると思います。ですから、私事です
が、私の処女戯曲は『闇光る』だと思っているのです。

 さらに蛇足と思われますが、新しくなった私たちの上演形態(表現)について、す
ぐに複数の方から次のような指摘を受けることとなりました。能を意識しているので
すね、と。それは、実は最初に指摘されるまで気が付いていませんでした。その時
は、いや全く関係ないですよ、と否定してしまいました。演技や表現方法を追求した
ら能に接近した、ということに驚きました。とともに、この事実は、私たちのなかに
生まれついて在る、〈日本人としての演劇的記憶〉が図らずもそうさせたのだ、と認
識することにしました。(つづく)
posted by yu-gekitai at 22:27| 京都 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | キタモトのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする